第4回:ひとつの「切り口」を得た時のこと(中編)【我々は何者か、何処へゆくのか】
2024年3月1日 12:00 VTuber
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イラストはAdobe Fireflyにて「ひとつの「切り口」を得た時のこと」で生成
市場規模が右肩上がりで拡大し、2023年度は800億円になるともいわれているVTuberの世界。
アニメやゲームとは異なり、ファンと同じ時間軸を生きて、リアルタイムでコミュニケーションできるという新しいキャラクターの形態は、一体何が人の心をとらえて熱狂させているのか。人とキャラクターの間に立つ新しい存在をひも解くためには、おそらく哲学や神学からのアプローチも必要だろう。
そんな経緯から、バンダイナムコでキャラクターライブを手がけ、現在、英国セントアンドリュース大学大学院で神学を学ぶ鈴木直大氏に筆を取っていただいた。
*連載記事一覧 → 我々は何者か、何処へゆくのか
「触ることもできない、大好きなあのひと」への手紙が教えてくれること
先日、機会があって、いわゆる声優宛のファンレターと、VTuber宛のファンレターの違いについて詳しく知る機会がありました。
もちろん、どちらも愛情のこもった「大好きなひと」への私信ですから、分析的にみることも宛先外の者が読むことも行うべきではありませんが、教えていただいた内容には大変な衝撃を受けました。同時に、その一部については私がこの文章でご紹介している当時の事例で印象深く経験したことでもありました。それは、次回の後編に含める予定です。
前回の掲載では、のちに特許とライブツーエックス方式という商標をバンダイナムコが取得した、操演型CGキャラクタライブ上演システムの開発ストーリーについて、その前編として従来方式では未解決であったためにお客さんが今一つ盛り上がっていなかった課題を発見したこと、そしてその解決には上演コンテンツの高精細・高音質化や長時間化等は全く解決にならないとも判定した、そこまでを書きました。
そして、挑むべき課題はそれなりに明確なものの、解決の手法はまったくわからず途方に暮れていたことと、それを劇的に解決した大きなヒント、ナムコOBが話した「大学生の人形劇サークルでの事例」とは?から、中編として話を続けます。
「電気おじさんにはクオリティ判定できない未知の新手法」を編み出せ!
「CGによるキャラクタライブの(当時は)なんだか盛り上がらない状況を打破すること」という業務命令は、少なくともこれを改善すればなんらか進歩するだろう、という事柄にまでは辿り着きました。それは、「お客さんは、そのキャラ、が、居ると信じたい気持ちを肯定(背中を押)されるという体験を求めているが、未充足」という課題の発見でした。
たとえば、お客さんはショウの開始前から大変積極的にキャラクタの名前を叫んだり、ペンライトを振ったりしているものの、でも、それは最初だけ。上演が進行するとどんどん小さくなっていき、お客さんたち同士でくすくすと会話を始め、その後のライブを見ている。そんな風景や、他にも沢山得た観察結果をナムコ伝統の手法を用いて解析した結果、上記の課題の実在に我々は確信を持つに至りました。
……そう、そこまでは順調だったのです。ですが、これの解決方法がまったく見当つかない。ただ悩む日々が続きました。なぜなら、通常我々がよくやる「絵をもっと高精細に」等の技術的な高度化では解決にならない、ということも敬意を払うべき先行他社の挑戦により判明していたからです。
つまり、従来の正義の延長では解決できない。言い換えると、我々は未知の手法を編み出す必要がある。だがそれがなんなのか、皆目わからない。でも解決しないといけない。どうしたものか。全く言葉通りに「おれどーすんのよ!」と悩み、土日は喫茶店にこもり、職場では前編でもご紹介した相木氏と二人でうんうん唸って考えるものの、いきつくのは「つまり、我々のような『電気おじさん』には、その正しさや、クオリティの判定ができないような手法じゃないと信用できない」という、なんとも悲惨で無力感いっぱいの(そして多分正しい)合意ばかりでした。そんな間にも、この件になんらかの回答を出して実証すべき期日はどんどん近づいてきます。
そんな中、おそらく週末のある日、当時私が物事を考える時によく行っていた秋葉原の見晴らしのいい某喫茶店にいるときに、ナムコOBで私がその知見や感覚に絶大な信頼を感じているT氏から「いますか?」とメッセンジャーで連絡がありました。彼は私がここでお客さんに近い特性をもつひとたちを見ながらあれこれ考えることを知っていました。なので、たまたま買い物に来たので連絡してみたとのこと。その時の状況からぜひ話をしたい彼でしたので、私はもちろん、居ます居ますぜひお茶しませんかと返答し、彼は来てくれました。
もちろん、オープンスペースでの社外での会話です。私は言葉を選びつつの表現しかできませんでしたが、T氏は大変素早く状況と課題を理解し、そして「私の学生の頃の話をしていいですか?」と話し出しました。
ここから、このプロジェクトはひとつの集中点を得て、限られた期間での短期決戦に向けた加速を開始することになりました。
「表情も変わらない土くれ顔の人形」が、子供たちを熱狂させる
ナムコで多くの新規事業や挑戦に関わったT氏は、教育系の某国立大学を卒業しています。それは私も知っていたのですが、学生時代に人形劇サークルを熱心にやっていたことをその時初めて聞きました。まず彼は、私への問いから話し始めました。
「ちょくだいさん(私のニックネームです。直大、の音読みですね。多くの人は私をそう呼びます。なにせ鈴木姓は多いので)、表情も変わらない、ただの土くれの顔の人形劇に、なぜ子供らが熱狂するとおもいますか?」
おそらくそれは、すぐになんらかのカラクリや、テクニカルな回答をつくりたがる私へのメッセージでもあったのでしょう。私はそれなりに考えましたが、わかりません、と正直に言いました。すると彼は頷いて、ずばっと回答を言いました。
「すべては『間』(ま)です。セリフがあるところじゃないです。呼吸です。子供らの様子を見て、呼吸を合わせて、人形同士も『間』を合わせる。それで、顔なんて変わらなくても、どんどん引きこまれます」
「新入生の初公演でよくあるのは、ウケてない、と思うと焦って、どんどん芝居が早くなるパターンです。そうなるともう収拾つきません。回復不可能です」
「そりゃ、時々は素晴らしい人形もありますよ。粘土でできた顔だけど、少し動かすだけで陰影がついて悲しそうにも見えたり、とか。でもそんなのは稀ですし、それを頼りにはしません」
「情報があるところ、ではなくて、ないところ、です。お客さんとの呼吸ですし、演者同士の呼吸です。視覚とか、そんなのたいしたことないです」
「生きてるかとか、人形だとか、そんなこと子供らは考えません。居るのだと、目の前で、人かなにかわからないけど、悲しかったり嬉しかったりする「なにか」が居るのだと。「間」のコントロールでいくらでもやれますよ」
私は、あっけにとられました。情報があるところ、ではなくて、ないところ。ない、という「間」の制御にこそ、なにかがある。呼吸なのだと。そんなこと考えもしませんでした。
思い出しました。先行するCGライブの視察でたくさん見た風景がありました。大写しのCGムービーで流れるキャラクタが「みんな!元気?!」と聞くから、「げーんきー!」と叫んだけど、相手はムービーなので、タイミングが合わずに自分の返答のあとにそのキャラが次のセリフを言うまでのおかしな「間」に苦笑していたお客さん。
あるいは、お客さん同士がもはやショウは横目で見るだけでくすくすと話している中で、だらだらと続くCGキャラのMCパート。お客さんの顔には「早く歌がはじまらないかな」と書いてあった気がしました。ステージから観客への歌、というものはある見方をすれば「同じ呼吸で、一緒に体をゆらすリズム遊び」です。
T氏のヒントは強烈でした。私は彼に礼を言い、その内容を相木氏に伝え、すぐに「間」の達人といわれたような人たちの記録(落語や漫才、伝説的なスピーチ等)をどっさり見て自信を深めた上で、私たちのCGライブの基本仕様を書き始めました。
台本の仕様、「間」の制御方法、開発スタート。そして発覚する「次の問題」
台本には、とにかく「コールアンドレスポンス(コーレス)」をどっさりいれる。キャラとお客さんとの呼吸合わせがキモならば、とにかくなにか、彼らに直接やりとりを、何らかの方法で「間」を合わせて、させまくるのが手っ取り早い。そもそも視察先でもお客さん達はそれをしたがっていた。なお、これはステージを歌謡ショウのようなものにしてしまうと歌の権利料がかさむ場合が多いことからコスト対策にもなる。
台本に、複雑な分岐やマルチエンディングのような「物量」での対策は不要。そんなことする余裕があったらひとつでも多くコーレスを入れる。
お客さんの「そのキャラが居ると信じたい」への肯定として、「キャラと一緒に、なにかする(遊ぶ)」を入れる。具体的には、アイドルの小さいステージによくある「じゃんけん大会」(ステージ上の演者と会場全体でじゃんけんをして、勝ち残った者は景品がもらえる等)。これはモーションとしてはグー・チョキ・パーの三つと、勝ち・負け・あいこの結果三種類で運用できるのでリーズナブル。
お客さんはキャラが「居る」と信じたいのだから、「キャラと自分たちは意思を交わせている」体験も有効。ステージ進行の中に、CGキャラから選択肢を提示し、お客さん達がペンライトの色で「どれか」を返答するというフローを入れる。一番多い色の選択肢をキャラが実施する、となればCG操作のオペレーターが会場の色の多さを目視して選択のボタンを押すだけでいい。
そして、一番大事な「間」の制御には、「ホールドスイッチ」という機構を考案しました。これは、電子楽器の制御に使われるMIDI(Musical Instruments Digital Interface)でのnote on / note off(例:キーボードの鍵盤を押して(note on)、離した(note off)というタイミングを伝える信号セット)が着想の元です。
今回のケースで「間」を合わせる、呼吸を合わせる、というのは、CGキャラがお客さんの挙動を「待つ(次の動作にタイミングよく入る)」とほぼ同じ意味です。なぜなら、ステージの進行は演者がリードしてお客さんはそれを追うからです。例えばCGキャラがなにかを問いかけて、そこで「待ち」開始(ホールドオン)、お客さんの返答が来たあとの自然なタイミングで「待ち」解除(ホールドオフ)すれば、お客さん側の体験としては、「間が合っている」ことになります。
なお、この方法のもう一つの効果は、「ワンボタン(ホールドスイッチ)のみで主な上演オペレーションができる」ことにあります。操演者は技術に詳しいものとは限りません。
とはいえ、この「間を制御して」「コーレスをどっさりいれて」「選んだ感を得てもらい」「一緒に遊ぶ」の手法は、相木氏にも私にも、実は自分たちの実感としては「???」というところがありました。「ずっとコーレスとか、面倒なライブだなあ」「私はCDのほうが好きです。音がいいから」など話しましたが、電気おじさん達が喜ぶための方法ではないからよいのです。もちろんこの仕様確定の前には、このあたりに個人的な趣味を持つ社内の女性達にヒアリングをして確信も得ました。
ここまできました。未踏のなにかを、もしかしたらこれで突破できるかもしれない。ですが時期はすでに11月の末。年度いっぱいまでは4ヵ月。正規の商品開発フローでは手続きや審査が間に合わないため、研究部門の責任者に協力してもらい「研究用の試作開発と、それを用いた実証実験としてのライブ上演」という位置付けでのプロジェクトとしました。開発メンバーを急遽あつめ、開発費はやはりそれなりにかかるのでグループ複数社の分担にしました。
そして、短期決戦の開発がスタートしました。スケジュールを引き、パートとタスクを挙げ、調達が必要なものを一覧にし、フェーズ進行の判定日や各パートの統合タイミングの設定等、私にとっては「いつもの」ことが始まりましたが、そこで感じたことがありました。
それは、「このまま進行しては、まずい」という感触でした。具体的には『この仕事につかう言葉』についてのことでした。
初めてのやりかたで、未踏に挑むのです。そして、エレクトロニクスはあくまで手段です。どんな気持ちを、どんな感覚をお客さんの心に感じてもらいたいか。それをチーム皆が一点として見つめて走れるかどうかが命運を分けます。
もちろん皆やる気十分でした。だから開発定例会1回目では「実在感」「存在感」「リアリティ」そんな言葉が活発に飛び交い、そしてみんなが「うん!」と頷いていました。
危険な状態です。それらは皆、日常語として定義せずになんとなく使っている言葉です。どんなに真剣に話しても、皆が同じ方向を向いて、同じクオリティイメージを持っている可能性は低い状態です。これは、開発行為においてある種の時限爆弾を抱えているのと同じです。
私は焦りました。私と相木氏ならば、これまでの経緯の結果、おそらく共通の気づきを得ています。ですが私自身こそが、それを表現する言葉を持ちません。でも開発はスタートしました。ついては私はまた本当に、いつもの喫茶店に逆戻りでした。ただ以前と違うのは、もはやこれは現在の問題であること、そして、開発がスタートしたことで私だけではなく共に喫茶店で唸るメンバーが増えてくれたことでした。
その主な一人、ナムコの店舗運営ノウハウを持つメンバーとして参加してくれていた、「伝説の店長」の異名を持つM氏が言った、この言葉の発明はその後にも続く大事件となりました。
「うーん、物理の有無は無関係、感じるのは『実存』なんだから、実存感……」
ちょ、ちょっとまって!それもっかい言って!私は、聞き返しました。その瞬間のことは鮮明に覚えています。これが、ツーエックスチームの視点を最後までブレさせず引っ張り続け、皆の意思を統一し、そしていまも私が追い続ける言葉「実存感」、の誕生の時でした。
次回は、この「実存感」を私たちはどう捉え、用いたか。そして私たちのCGライブ実施とその後、について書こうと思います。
●著者紹介 鈴木直大(すずき なおひろ)
1970年生まれ。現在、英国セントアンドリュース大学(University of St Andrews))大学院 (神学)に在学中。並行して某キャラクタビジネス企業グループにて研究職・プロデューサー。
立教大学文学部卒業後、ソニー株式会社(現、ソニーグループ株式会社)に入社。主に商品企画を担当し、その後設立した自社事業ごと株式会社バンダイナムコエンターテインメントに入社。同社プロデューサーとして操演型CGキャラクタライブシステム(ツーエックス方式)を立ち上げた経験から「物理としては居ない『なにか』の存在を感じる」ことに関わる「実存感」という概念への気づきを得て、研究と発表を続けている。
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引用元:https://panora.tokyo/archives/81521